妖怪図鑑

河童・天狗・九尾の狐など、日本と世界の妖怪を体系的に解説

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ぬりかべは、夜道で急に行く先が壁のようになり、どこへも進めなくなる現象を指す日本の妖怪です。福岡県遠賀郡の海岸地方で語り継がれ、柳田國男は1938年の「妖怪名彙」にその記述を残し、のちに妖怪談義へ収録しました。

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百々目鬼は、鳥山石燕が安永8年(1779年)に今昔画図続百鬼へ描いた、腕に無数の目を持つ女の妖怪です。古い民間伝承そのものではなく、石燕が地名の響きと言葉遊びから組み立てた創作妖怪として読むのが筋でしょう。 腕の目の正体は、盗み癖のある女の腕に銭が生じたという石燕の解説にあります。

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小豆洗いは、川辺や水辺で夕暮れから夜にかけて小豆を研ぐような音を立てる妖怪で、姿ではなく音で語られる点が際立つ怪異です。ショキショキ、ザクザク、シャリシャリといった擬音だけが残り、振り返っても誰もいないという不気味さが、この妖怪の核になっています。

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付喪神は、長く使われた古道具に魂が宿って妖怪になったものの総称であり、九十九(つくも)という名も「百年に一年足らぬ」という数の言い回しに由来するとされます。唐傘お化けや提灯お化けはその代表格で、鳥山石燕の妖怪画集をたどると、別々に見えた姿が「器物の妖怪」という一つの章で束ねられていることがわかります。

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見越し入道は、夜道や坂道の突き当たりに僧の姿で現れ、見上げるほど背丈が伸びていく妖怪です。江戸前期の怪談集宿直草巻一「見こし入道を見る事」にも記され、正体をタヌキの化けとする語りが残ります。名は「見越す」「見上げる」に由来し、見上げると大きくなる妖怪の代表格として、古くから全国で語られてきました。

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安達ヶ原の鬼婆は、京で姫に仕えた乳母・岩手が、陸奥国安達ヶ原の岩屋で鬼へ変わったという伝承である。平兼盛の和歌に始まる黒塚の名と、恋衣を手にかけて我が娘と孫だったと知る悲劇が重なり、この話は最初から怪物を描くのではなく、人がいかにして鬼になるのかを描く物語として読めます。

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大百足は、滋賀県の三上山に七巻半も巻きつくと伝わる巨大な妖怪ムカデであり、平安中期の武将・俵藤太こと藤原秀郷がこれを退治した話として知られます。太平記や俵藤太物語御伽草子に見える異同を踏まえると、この伝承は単なる怪異譚ではなく、

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唐傘お化けは、正式にはからかさ小僧と呼ばれる傘の妖怪で、一つ目・一本足・長い舌・下駄履きという姿が定番です。夏祭りのお化け屋敷やアニメで見た、あの一つ目一本足の傘の怪異は、唐傘が古い道具から化けた付喪神だと知ると、見え方ががらりと変わります。

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磯女は、九州西部の長崎や熊本などの沿岸に広く伝わる女の妖怪で、海岸や河原に美女の姿で現れるとされます。長い黒髪を相手にまとわりつかせ、その毛を伝って生き血を吸うという手口が伝わり、まず「海辺の美女が実は血を吸う妖怪だ」という強い像を読者に印象づける存在です。

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二口女は、後頭部にもう一つの口を持つ女性の妖怪です。前から見ると普通の女性に見えるのに、髪をかき上げると歯と舌をそなえた口が現れ、長い髪を蛇のように動かして食べ物をその口へ運ぶとされます。

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覚(さとり)は、飛騨・美濃の深山に住むと伝わる妖怪で、人の心を読むことを最大の特徴とする。山中で出会った相手の考えを口に出す前に言い当てるため、古くから「心を読まれる恐怖」を背負った存在として語られてきた。

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鎌鼬は、転んだ覚えもないのに皮膚が鎌で切ったように裂ける現象であり、同時にその正体を旋風に乗って人を斬る見えないイタチや風神、悪神に求めた妖怪でもあります。信濃・越後を中心に伝承が濃く、越後では越後七不思議の一つにも数えられてきました。