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二口女とは|後頭部に口を持つ妖怪の正体

更新: 遠野 嘉人
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二口女とは|後頭部に口を持つ妖怪の正体

二口女は、後頭部にもう一つの口を持つ女性の妖怪です。前から見ると普通の女性に見えるのに、髪をかき上げると歯と舌をそなえた口が現れ、長い髪を蛇のように動かして食べ物をその口へ運ぶとされます。

二口女は、後頭部にもう一つの口を持つ女性の妖怪です。
前から見ると普通の女性に見えるのに、髪をかき上げると歯と舌をそなえた口が現れ、長い髪を蛇のように動かして食べ物をその口へ運ぶとされます。
外見の異様さだけで語ると見落としやすいですが、初出は天保12年(1841年)刊の『絵本百物語』で、竹原春泉の挿絵と桃山人の文章が、因果応報の物語としてこの怪異を置いています。
見た目の衝撃と江戸後期の出版文化の両方を押さえると、二口女は単なる怖い話ではなく、成立の事情まで含めて読むべき存在だと分かります。

二口女とはどんな妖怪か|外見と能力の基本

二口女は、後頭部にもう一つの口を持つ女性の妖怪です。
前から見ればごく普通の女性に見えるのに、髪をかき上げた瞬間、後頭部に歯と舌をそなえた口が現れる。
この落差こそが、この妖怪の骨格になります。
江戸後期の妖怪画に現れた比較的新しい存在として知られ、見た目の奇妙さだけでなく、食べるという行為そのものを二重化している点が印象的です。

前後で姿が一変する『二つの口』の外見

二口女の怖さは、単に口が二つあるという図像の珍しさだけではありません。
正面からは静かな女性に見えるのに、視線が少しずれた途端、背後の顔が立ち上がるように感じられるところにあります。
妖怪画集の図を見ると、正面の穏やかな女性像と後頭部の口の落差が際立ち、髪が後ろへ垂れてその口を半ば隠す構図まで含めて不気味さを作っているのがわかります。

この二面性は、外見の変化を見せ場にするだけでは終わりません。
髪をかき上げると後頭部に歯と舌をそなえた口が現れるという設定は、日常のしぐさそのものを危険な合図に変えてしまいます。
現代の妖怪本やゲームで二口女に触れた読者が原典の挿絵を確かめると、髪で口を隠す描き方が原典由来なのか、後年の脚色なのかまで気になるはずです。
そこに、この妖怪が長く生き残る理由があります。

髪で食べ物を運ぶという独特の能力

二口女の能力で特に異様なのは、長い髪を蛇のように動かして食べ物を後頭部の口へ運ぶ点です。
髪は本来、飾りや女性らしさを示す部分ですが、この妖怪では腕や箸のような役割まで担います。
表の口では少食に見せながら、後ろの口で食べるという二重生活の構図がここで完成し、外見と内実のずれが物語の核になるのです。

しかも、後頭部の口は単なる飾りではなく、食事をするための実用的な口として描かれます。
時に痛みを訴えて食べ物を求めるともされ、怖さの中心に切実さが入り込むのが二口女らしいところです。
飢えを感じる身体が、髪を介して食べる動作を強いるわけで、怪異でありながら妙に生々しい。
ここが、ただの化物ではないと受け取られてきた理由でしょう。

妖怪図鑑における二口女の位置づけ

二口女は、古い口承伝説の妖怪というより、江戸後期の妖怪画集に描かれた絵入りの妖怪として知られています。
初出は天保12年(1841年)に刊行された江戸後期の奇談集『絵本百物語』で、文章は桃山人(序文では桃花山人と署名)、挿絵は絵師の竹原春泉によるものです。
全5冊に44話を収め、緑・青・赤などの色版を重ねた多色木版で刷られた点も、絵の強さを支えています。
別名『桃山人夜話』とも呼ばれるこの本の中で、二口女はまず「絵として記憶される妖怪」になりました。

分類の感覚で見ると、二口女は河童や天狗のような中世以前からの妖怪とは立ち位置が違います。
江戸後期の出版文化の中で形を得たことで、文字伝承だけでなく、視覚的なインパクトがそのまま名前の定着につながりました。
表で整理すると違いが見えやすいので、ここでは押さえておきましょう。

項目二口女
基本像後頭部にもう一つの口を持つ女性の妖怪
初出天保12年(1841年)刊行の『絵本百物語』
典拠文章:桃山人、挿絵:竹原春泉
特徴前からは普通の女性に見え、髪で食べ物を後頭部の口へ運ぶ
位置づけ江戸後期の妖怪画に現れた比較的新しい妖怪

この位置づけを踏まえると、二口女は「どんな姿か」を見ればすぐ像が結べるタイプの妖怪です。
まず外見で引きつけ、次に髪の動きで機能を示し、最後に『絵本百物語』という器の中で理解する。
そうして初めて、二口女の不気味さと面白さが一本につながってきます。

伝承と起源|『絵本百物語』に描かれた1841年の妖怪

二口女の初出は、天保12年(1841年)に刊行された江戸後期の奇談集『絵本百物語』である。
河童や天狗のように長い口承の層を背負う妖怪ではなく、刊本のページに姿を与えられた点に、この怪異の性格がある。
後頭部にもう一つの口を持つという強烈な意匠も、まずはこの本のなかで輪郭を得た。
つまり、二口女を知るうえでは、伝承そのものだけでなく、どのような書物がそれを世に出したのかを見る必要があるのです。

初出文献『絵本百物語』とは何か

『絵本百物語』は、二口女の初出を確かめるための第一の手がかりです。
全5冊に44話を収めたこの奇談集は、のちに『桃山人夜話』とも呼ばれ、妖怪を個別の怪談として並べるだけでなく、絵と文章を組み合わせて読ませる構成を取っています。
二口女はその中の一話にすぎませんが、だからこそ「昔からある妖怪」という感覚をいったん外して、江戸後期の出版文化の中で生まれた存在として見直せるのです。

この本の面白さは、妖怪を怖がらせるだけでなく、眺める楽しみへと変えているところにあります。
読者は一話ごとの怪異を追いながら、同時に本全体の絵柄や趣向を味わったはずです。
二口女の図も、そうしたページの流れの中で現れるからこそ、単独の逸話ではなく、妖怪画集の一場面として記憶に残る。
出自の年代が天保12年(1841年)だと分かると、二口女が河童や鬼のような古層の存在ではなく、比較的新しい出版物に支えられた怪異だと見えてきます。

桃山人と竹原春泉という作り手

文章を記したのは桃山人で、序文では桃花山人と署名しています。
江戸後期の戯作者と考えられるこの人物が、二口女に物語としての骨格を与えたことは見逃せません。
後頭部の口がどうして生まれたのか、どんな罪に結びつくのかという筋立ては、単なる見世物ではなく、読みものとしての推進力を持っています。
妖怪の姿だけでなく、その背後にある因果や風刺まで含めて組み立てたところに、桃山人の筆の働きがあるのです。

挿絵を担当した竹原春泉も、この作品の性格を決める重要な作り手です。
二口女の印象は、文章だけではなく、絵として目に入るからこそ定着しました。
江戸後期の妖怪本では、絵師の力量が怪異の説得力を左右します。
『絵本百物語』では、その役割分担が明確で、桃山人が話を編み、竹原春泉が像を与える。
二人の手が重なって、二口女は読まれるだけでなく、見られる妖怪になったわけです。

多色刷りで描かれた江戸の妖怪画

『絵本百物語』が際立つのは、緑・青・赤などの色版を重ねた多色木版で刷られている点にあります。
当時の妖怪本が墨線や淡墨を中心にしていたことを思うと、この彩色はかなり印象的です。
色が加わると、髪の流れや口の位置、衣の輪郭までがはっきりし、二口女の異様さが視覚的に強まります。
怪異の説明を読む前に、絵の段階で「普通ではない」と分からせる仕掛けだと言えるでしょう。

実際に『絵本百物語』を手に取ると、色鮮やかな妖怪画が並ぶ中で二口女の図が現れ、当時の読者がこの本を絵を楽しむ娯楽として味わっていた様子が想像できます。
怖さと鑑賞性が同居しているため、二口女は単に恐ろしいだけではなく、ページをめくる体験そのものの記憶と結びつくのです。
二口女を河童や鬼と同じ「昔からいる妖怪」だと思い込んでいた人ほど、初出の年代を知ると驚きます。
江戸後期に生まれた比較的新しい妖怪だと分かるからです。

書誌情報内容
初出文献『絵本百物語』
刊行年天保12年(1841年)
文章の作者桃山人(序文では桃花山人と署名)
挿絵の作者竹原春泉
冊数全5冊
収録話数44話
別名『桃山人夜話』
特色緑・青・赤などを重ねた多色木版

後頭部の口が生まれた由来|継子餓死と因果応報の物語

下総国の家に嫁いだ後妻をめぐる二口女の物語は、継子いじめと飢えを起点に、49日後の事件へとつながる因果応報の説話です。
後妻が先妻の子を冷遇し、やがて自分の口がもう一つ生まれるという異形の展開は、単なる怪異譚ではなく、子を食べさせることの重みを逆照射しています。
怖いのは見た目だけではありません。
家庭の中で起きた不均衡が、そのまま身体の破綻として返ってくる点にこそ、この話の核心があります。

下総国の家に嫁いだ後妻と継子いじめ

物語の舞台は下総国、現在の千葉県北部にあたる地域です。
そこである家に嫁いだ後妻が中心人物となり、夫の先妻との間に生まれた子、つまり継子をいじめるところから話が動き出します。
自分の産んだ娘ばかりをかわいがり、継子にはまともな食事を与えないという偏りが、後の怪異を生む土台になっています。

この場面で重要なのは、継子いじめが単なる意地悪ではなく、食を通じた排除として描かれていることです。
食べさせないことは、相手の命を少しずつ削る行為であり、物語ではそれがついに餓死というかたちで結末を迎えます。
飢えという要素がここで強く立ち上がり、後に後妻自身へ返ってくる苦しみの予告になっているのです。

四十九日後に斧が割った後頭部の傷

継子が死んでから49日、四十九日後に夫が薪を割っていたとき、振り上げた斧が後ろにいた後妻の後頭部を誤って割ったとされます。
四十九日という節目が置かれているため、読んでいる側には偶然の事故以上の気配が残ります。
供養の区切りと重なる時間設定が、物語全体に祟りや報いを思わせる空気を与えているのです。

しかもこの出来事は、日常の労働の只中で起こります。
薪割りは生活を支える行為であるはずなのに、その手が向いた先で後妻の頭を傷つけるわけですから、家庭の中に潜んでいた歪みが外へこぼれ出たようにも見えます。
継子の死と後妻の受傷が一直線につながることで、物語は単なる不運では済まない重さを持つことになります。

餓死させた罪が口となって返る因果応報

傷口はやがて人間の唇のような形になり、頭蓋骨の一部が突き出して歯となり、肉の一部が舌のようになったとされます。
ここで後頭部に生まれた異形は、食べるための口そのものです。
継子を飢えさせた罪が、自分が飢えと痛みを抱えて食べ物を求める存在へと姿を変えさせる展開に、因果応報の構図がはっきり示されています。

面白いのは、この怪異が怖い見た目の創出だけで終わらない点です。
継子いじめという普遍的な家庭の闇を軸にしているため、二口女は見世物のような妖怪であると同時に、当時の人々が重視した道徳観を映す鏡にもなっています。
物語を読み解くと、49日という四十九日法要の節目に事件が起きる設定が、餓死した子の祟りや報いを暗示していることが見えてきます。
こうした読み方をすると、この話はおすすめです。
怖さの向こうに、暮らしの倫理がはっきり残るからです。

正体・諸説|創作説と社会風刺としての読み方

二口女は『絵本百物語』に下総国の話として収められているが、下総国に伝わる実伝承ではなく、作者である桃山人が組み立てた創作だとみる指摘がある。
出自をたどると、まずこの創作説が土台にあり、そこから物語の意味づけが分かれていく。
継子いじめをどう読むかで、妖怪像そのものの印象まで変わる点が、この怪異の面白さです。

地元伝承か作者の創作か

二口女の物語が下総国の話として流通してきたことは確かですが、同地の実伝承として固定された話ではなく、桃山人が『絵本百物語』のために創作したという見方が有力です。
ここで大事なのは、怪異譚を「昔から土地にあった物語」とみなすだけでは、その成立の工夫が見えにくくなることだ。
江戸後期の読者に向けて、作者がどの題材を妖怪化したのかを考えると、継子いじめや食事の場面を核にした構成が浮かび上がってきます。

創作説を踏まえて読み直すと、二口女は単なる怪物ではなく、身近な家庭の不和を視覚化した存在として見えてくる。
後頭部の口は突然の異形ではあるものの、その背後には、日常の振る舞いのほころびを誇張する作者の意図があるはずだ。
地元に根づいた伝承というより、江戸後期の想像力が生んだ完成度の高い造形として捉えるほうが、物語の作りを理解しやすいでしょう。

因果応報を説く教訓譚としての読み

物語の骨格を追うと、二口女は継子を餓死させた罪を、後頭部の口という形で受け取る存在として読めます。
加害がそのまま身体の異常として返ってくるため、因果応報の構図がきわめて明瞭です。
怖いのは怪異そのものより、悪行が姿かたちを変えて本人に刻まれるところである。

この読み方では、妖怪は恐怖のためだけに置かれているのではありません。
当時の道徳観を物語の形に置き換え、継子をないがしろにすることの報いを、目に見える異形として示しているからです。
『絵本百物語』の二口女を因果応報の教訓譚として捉えると、後ろの口は単なる奇抜な仕掛けではなく、家庭内の暴力を裁く記号になる。
読後感が重く残るのは、その罰があまりに直接的だからでしょう。

食いしん坊を戯画化した社会風刺説

ただし、二口女は別の方向からも読めます。
表の口では少食を装いながら、後ろの口でこっそり食べる姿は、我慢できずにつまみ食いをする食いしん坊な女性の戯画として見ることもできるからです。
ここでは恐怖よりも滑稽さが前面に出る。

同じ図像でも、因果応報の物語として読むと身の毛がよだつのに、食いしん坊の風刺として見ると妙に人間くさく映ります。
創作説を知ったうえでこの図を見直すと、桃山人が継子いじめという身近な題材から、怖さと笑いの両方を含む妖怪像を組み立てていった過程が透けて見えるはずだ。
二口女の正体は一つに決められず、創作説・教訓譚説・風刺説を等距離に置いて整理するのが妥当です。
固有の伝承というより、複数の読み方を受け止める器としての妖怪だと言えるでしょう。

食わず女房・二面女との違い|似て非なる『頭の口』

食わず女房と二面女を見比べると、どちらも「頭に余分なものを持つ女」の姿で語られますが、話型の性格はまったく違います。
食わず女房は昔話として各地に伝わる物語で、二口女は江戸期の妖怪画に出自を持つ妖怪です。
似ているのは見た目の発想だけで、伝承の成り立ちをたどると混同しにくくなります。

頭頂部の口を持つ昔話『食わず女房』

食わず女房は、表向きは食事を取らないおとなしい妻が、夫の留守に頭頂部の大きな口で大量の飯を食べるという昔話です。
二口女の後頭部の口とは位置が異なり、しかも物語の焦点も違います。
こちらは怪異の怖さより、正体が露見するまでの違和感や、暮らしの中にひそむ裏の顔をどう読むかに重きがあります。

この違いは、読者が類話を見分けるうえでかなり役に立ちます。
頭のどこに口があるのかだけでなく、何を食べ、どこで破綻する話なのかまで見ると、二口女とは別系統だとわかるでしょう。
妖怪の見た目は似ていても、物語の筋を比べると印象は変わります。

食わず女房の正体と端午の節句との関係

食わず女房の正体は一つに固定されていません。
東日本では山姥や鬼、西日本では蜘蛛とされる地域差があり、全国の昔話として広く伝わっています。
ここが二口女との大きな違いで、特定の絵姿に収まる怪異ではなく、土地ごとの恐れや語り方を吸い寄せながら広がった話型だと見えてきます。

話の結末もまた重要です。
正体を見破られた妻に追われた男が菖蒲や蓬の中に隠れて難を逃れ、端午の節句に菖蒲・蓬を飾る由来譚として語られることがあります。
食わず女房と二口女を並べて読むと、どちらも頭に余分な口を持つ点は似ているのに、片や端午の節句の起源譚、片や因果応報譚と、着地点がまったく違う。
ここはおすすめです。

項目食わず女房二口女
物語の種類昔話妖怪譚
余分な部位頭頂部の口後頭部の口
正体山姥・鬼・蜘蛛などの地域差妖怪画に描かれた二口の女
結末の性格菖蒲・蓬と端午の節句に結びつく因果応報の怪異として語られる

現代の創作妖怪『二面女』との混同

二面女は、大映映画のために作られた現代の創作妖怪です。
後頭部に醜い別の顔を持つとされ、名前だけを見ると二口女と近く感じられますが、成立の時代が違います。
しかも部位も、口なのか顔なのかで分かれます。
出自をたどると、江戸の妖怪画と近代の映画で道筋がはっきり分かれるため、同列には置けません。

検索で二面女を調べると二口女と取り違える例によく出会いますが、そこで止まると混線します。
二面女は大映映画のために作られた創作妖怪であり、二口女は江戸期の妖怪画に見える古い類型です。
出典をたどると、片や映画、片や絵画という違いが明快で、名称の似通いだけで同じものと考えない姿勢が必要になります。
知識を整理するときのポイントは、名前より先に成り立ちを見ることです。
おすすめです。

現代における二口女|創作作品での描かれ方

二口女は現代の創作で、原典の因果応報譚そのものよりも、強烈な外見と怪異性を備えたモンスターとして再構成されてきました。
とくにアニメやゲームでは、後頭部の口という異形の記号が視覚的な記憶に残りやすく、作品ごとに性格や役割を変えながら登場します。
原典の悲劇性を知ったうえで見直すと、同じ二口女でも受け取り方が大きく変わるでしょう。

『ゲゲゲの鬼太郎』の二口女

『ゲゲゲの鬼太郎』では、二口女は妖怪城に住む妖怪の一人として登場します。
原典の物語では、食欲を満たせず子を飢えさせた女性の悲劇が中心でしたが、作品世界ではその背景は前面に出ず、敵役としての存在感が際立ちます。
妖怪を群像の中に配置する『ゲゲゲの鬼太郎』の性格上、二口女も単独の伝説上の人物というより、視覚的に分かりやすい怪異として扱われているのです。

アニメで描かれる二口女は、蛇状になった長い髪で獲物を捕らえ、後頭部の口でそれを食べる怪物として印象づけられます。
ここでは、髪を使うという原典由来の要素が、狩りや捕食のための攻撃的な能力へと誇張されています。
見た目の怖さがそのままキャラクター性になるため、子ども向けの娯楽作品でも一目で理解できる妖怪として機能しやすいのです。

ゲーム作品に登場する二口女

二口女はゲーム作品にも広く取り入れられ、スマートフォン向けゲーム『陰陽師』や『ゆる〜いゲゲゲの鬼太郎 妖怪ドタバタ大戦争』などでキャラクター化されています。
ゲームでは、戦闘演出や図鑑画面の限られた情報だけで印象を残す必要があるため、後頭部の口と長い髪という輪郭の強い特徴がとくに活かされます。
同じ二口女でも、複数のゲームでデザインを見比べると、核になる意匠だけを共有し、性格づけは作品ごとにかなり自由に翻案されていることが分かります。
怖い存在として描く作品もあれば、どこか愛嬌を持たせる作品もあり、妖怪が固定された伝承ではなく、使い回しのきくキャラクター資源として受容されている様子が見えてきます。

原典の物語と創作での描かれ方の違い

原典の二口女は、因果応報の被害者でもあり加害者でもあった女性像として読まれます。
そこでは、ただの怪物ではなく、飢えや家庭の事情、そして罪の報いが重なった複雑な人物像が残されているのが特徴です。
ところが現代の創作では、その内面の葛藤よりも、後頭部の口という異常な身体構造が前面に出ます。
この違いは、妖怪の受容のされ方をよく示しています。
アニメや図鑑で先に二口女を知ってから原典を読むと、怖いモンスターという印象が、子を飢えさせた罪を背負う女性の悲劇へと塗り替わります。
逆に原典から入ると、創作での二口女がいかに外見のインパクトを軸に再設計されているかが見えてくるはずです。
妖怪は語り直されるたびに意味が変わる。
その変化を追うのが。

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遠野 嘉人

民俗学を専攻し、日本各地の妖怪伝承をフィールドワークと古典文献の両面から研究。『今昔物語集』『画図百鬼夜行』等の原典にあたった解説を信条とします。

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