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妖怪図鑑

山彦は、山や谷で放った声がわずかに遅れて返る反響現象であり、同時にその現象を起こすと考えられた妖怪でもあります。山中で声が少し遅れて返るあの一瞬は、まるで誰かが応えたように感じられ、昔の人が山谷に何かが潜むと想像したのも自然だったのでしょう。

世界の怪物・妖精

日本の妖怪と海外の怪物は、見た目や役割が驚くほど似ている。河童とケルピー、天狗と翼ある怪物、雪女と冬の女性霊のように、アニメやゲームで両方を見てきた人ほど「この2匹、設定が似ているな」と感じるはずだ。 ただ、その近さは偶然の寄せ集めではありません。

妖怪図鑑

送り提灯と送り犬は、夜道を行く人につきまとう「送り」の怪異でありながら、姿も役割も対照的です。送り提灯は江戸・本所の本所七不思議に数えられる灯火の怪で、前に現れては近づくと消えるため、提灯小僧や送り拍子木とも重なりながら人を惑わせます。

世界の怪物・妖精

八百比丘尼は、日本に伝わる人魚伝説のなかでも、とりわけ不老長寿と信仰の色が濃い物語です。西暦654年、斉明天皇の時代に若狭の長者・高橋氏の娘として生まれ、人魚の肉を口にして16歳の若さのまま800年を生き、最後は福井県小浜市の空印寺の洞に入定したと伝わります。

妖怪図鑑

垢嘗(あかなめ)は、風呂桶や浴室にたまった垢やカビを夜中に舐めるとされる妖怪です。ザンバラ頭の童子姿に長い舌をのぞかせる、どこか不気味でありながら無害な存在として描かれます。

妖怪文化・民俗学

幽霊と妖怪は、日常では「お化け」とひとまとめにされがちですが、柳田國男の妖怪談義で整理された視点では、出る場所・相手を選ぶか・出る時間という3つの軸で見分けられます。

妖怪図鑑

手の目は、両手の掌にそれぞれ一つずつ目を持ち、座頭の姿で描かれる妖怪です。鳥山石燕の画図百鬼夜行(1776年)に収録された図は、顔ではなく手に目があるという異形ぶりだけで、初めて見たときに怖さより先に、どこか計算された不気味さを残しました。

妖怪図鑑

豆腐小僧は、盆に豆腐を載せ、大きな笠をかぶった子どもの姿で描かれる妖怪である。河童や鬼のように人を襲ったり化かしたりせず、雨の夜にただ後をついて歩くこともある、そのおとなしさが最大の特徴です。

妖怪図鑑

ぬりかべは、夜道で急に行く先が壁のようになり、どこへも進めなくなる現象を指す日本の妖怪です。福岡県遠賀郡の海岸地方で語り継がれ、柳田國男は1938年の「妖怪名彙」にその記述を残し、のちに妖怪談義へ収録しました。

妖怪図鑑

百々目鬼は、鳥山石燕が安永8年(1779年)に今昔画図続百鬼へ描いた、腕に無数の目を持つ女の妖怪です。古い民間伝承そのものではなく、石燕が地名の響きと言葉遊びから組み立てた創作妖怪として読むのが筋でしょう。 腕の目の正体は、盗み癖のある女の腕に銭が生じたという石燕の解説にあります。

妖怪図鑑

小豆洗いは、川辺や水辺で夕暮れから夜にかけて小豆を研ぐような音を立てる妖怪で、姿ではなく音で語られる点が際立つ怪異です。ショキショキ、ザクザク、シャリシャリといった擬音だけが残り、振り返っても誰もいないという不気味さが、この妖怪の核になっています。

妖怪文化・民俗学

妖怪とは、日本の伝承や説話のなかで、山・水・道・家といった場所に応じて姿を現してきた怪異である。柳田國男が山の妖怪に強い関心を寄せ、井上円了が妖怪を学問の対象として整理したように、その見方はひとつではありません。