「ヒトリオ」とは|ひとりかくれんぼ発祥と諸説
「ヒトリオ」とは|ひとりかくれんぼ発祥と諸説
ヒトリオという呼び名は、複数の検索を重ねても独立した都市伝説名としては裏付けが取れず、確認できる範囲で最も近いのは2ちゃんねる発の「ひとりかくれんぼ」です。都市伝説の語りを年間多数収集していると、正式名称が一つに決まらない怪談ほど検索者は名前の揺れに振り回され、出どころにたどり着けなくなります。
ヒトリオという呼び名は、複数の検索を重ねても独立した都市伝説名としては裏付けが取れず、確認できる範囲で最も近いのは2ちゃんねる発の「ひとりかくれんぼ」です。
都市伝説の語りを年間多数収集していると、正式名称が一つに決まらない怪談ほど検索者は名前の揺れに振り回され、出どころにたどり着けなくなります。
だからこそ本記事では、ヒトリオを実行マニュアルとして扱わず、地域伝承説・大学サークル流布説・2ch創作説を並べながら、なぜこの話が語られ続けるのかを整理していきます。
2007年ごろのオカルト板で広まったとされる一方で、2006年とする記載も残り、一次的に追える起点ですら揺れているのが、この怪談の不確かさと面白さの核です。
「ヒトリオ」とは何を指す呼び名か
「ヒトリオ」という呼び名は、複数の検索と確認を重ねても、独立した都市伝説名としては裏づけが取れませんでした。
だからこそ、名称そのものを確定した怪談として扱うより、別の既存怪談が混同されている可能性を先に見るのが誠実です。
都市伝説を集めていると、同じ怪異が地域や媒体ごとに別名で呼ばれ、名前だけが先に流通する例に何度も出会います。
動画コメント欄で「ヒトリオって何?」という問いに複数の別怪談名が返ってくる場面もあり、呼称の混線は机上の仮説ではなく、いま起きている現象だと感じます。
「ヒトリオ」という名称が確認できない理由
「ヒトリオ」は信頼できる文献・データベースで独立した都市伝説名としての裏づけが確認できない呼称です。
ここで大切なのは、名前が見つからないからといって話の存在を雑に切り捨てないことです。
むしろ、話が別名で語り継がれている可能性や、聞き違い・転記ミス・動画内での言い換えが重なった可能性を先に考えるほうが、怪談の実態に近づけます。
ネットロアでは、名称の揺れ自体が情報の伝わり方を示す手がかりになります。
最も近い実在の怪談は「ひとりかくれんぼ」
確認できる範囲で最も近い一人遊び型の怪異は、2ちゃんねる発の「ひとりかくれんぼ(別名ひとり鬼ごっこ)」です。
語感としても「ヒト」「ひとり」という部分が近く、構造としても一人で行う呼び出し系の怪異という点が重なります。
都市伝説の収集では、こうした近接がそのまま呼称の転訛や混同につながることが少なくありません。
本記事では、検証可能な対象として「ひとりかくれんぼ」を主題に据えます。
発祥には主に三つの説があります。
西日本の地域伝承として語られた遊びだったとする説、大学のサークルが流したとする流布実験説、そして2ちゃんねる発のネット創作説です。
実際に投稿の痕跡を追えるのはネット創作説だけで、全国的に広まった時期についても2007年説と2006年説が食い違います。
年代や由来が揺れるのは珍しくありませんが、少なくとも「どこで生まれたか」を一つに決め打ちできないところに、この怪談の面白さがあります。
一人で行う呼び出し系怪異という共通の型
ひとりかくれんぼは、ひとりで霊を招くとされる降霊術に分類され、コックリさんと同系統の遊びの系譜に連なります。
ぬいぐるみに米と爪を詰め、赤い糸で縫い、塩水を口に含んで鬼役となる定型は、細部が揺れても「終わらせ方」の作法だけは強く共有されています。
ここにあるのは単なる怖い話ではなく、手順がそろった儀式物語です。
だからこそ人は語り、まねし、検証し、また語り直してきたのでしょう。
この型が広がった背景には、実況や検証という参加型フォーマットがあります。
受け手が次の発信者になり、動画やSNSで話を増幅させると、名前も内容も少しずつ変形します。
英語圏では2008年に「One-Man Hide and Seek」として越境し、VOCALOID楽曲や映像化を通じて再生産されました。
おすすめです、と軽く片づけられる種類の話ではありませんが、怪談がどのように定着するかを考える素材としては見逃せません。
とくに「ヒトリオ」のような揺れた呼称は、本体より先に名前だけが流通するネットロアの典型だと見てよいでしょう。
ひとりかくれんぼの基本|降霊術としての位置づけ
ひとりかくれんぼは、日本の近代怪談の中でも、ひとりで霊を招くとされる降霊術、つまり招霊遊びに分類されます。
単なる怖い話ではなく、手順を踏んで異界を呼び込む儀式として語られるため、語り物として流通する怪談とは性格が異なります。
ここで問うべきなのは真偽よりも、なぜこの形式が人を引きつけ、説明可能な遊びのかたちを取りながら恐怖へ反転するのか、という点でしょう。
降霊術・招霊遊びとしての分類
ひとりかくれんぼを降霊術として見ると、その輪郭ははっきりします。
怖さの中心は幽霊の目撃談そのものではなく、ぬいぐるみ、米、赤い糸、塩水といった道具を並べ、決まった順番で進めるところにあります。
手順があるからこそ、実演可能な怪談になるのです。
しかも、終わらせ方まで含めて一つの儀式として完結しているため、聞き手は「起きたかもしれない出来事」ではなく、「やってはいけない作法」を共有することになります。
近代怪談としてのひとりかくれんぼが面白いのは、伝承の曖昧さを抱えながらも、形式だけが先に独り歩きした点にあります。
霧島の視点では、ここに学校の怪談とネット怪談の接点があります。
コックリさん経験者への聞き取りを重ねる中で、「一人でやる版がある」という話が2000年代後半から急に増えた感触があり、ちょうどその時期と重なるように見えるのです。
日常の遊び名を借りる怪談ほど拡散力が強い、という傾向も繰り返し確認してきました。
別名と呼称の揺れ
別名は「ひとり鬼ごっこ」です。
かくれんぼと鬼ごっこはどちらも子どもが日常的に知っている遊びであり、その語彙を借りるだけで、話の入口は一気に低くなります。
だからこそ、この怪談は子どもから大人まで共有しやすい。
難解な呪術名よりも、誰もが知る遊びの名に置き換わった瞬間、恐怖は生活圏のすぐ隣まで降りてきます。
ここが拡散の強さに直結しています。
呼称の揺れは、ネットロアではむしろ自然な現象です。
「ヒトリオ」という呼称は、複数の検索・確認を行っても独立した都市伝説名としての裏付けが得られませんでした。
一人で行う呼び出し系の怪異という構造と語感の近さから、確認できる範囲で最も近い実在の怪談は2ちゃんねる発の「ひとりかくれんぼ(別名ひとり鬼ごっこ)」であり、本記事はこれを最有力の同定として留保つきで主題に据えます。
名称が又聞きで変形すること自体が、語り継がれ方の痕跡だと言えるでしょう。
コックリさん系の遊びとの連続性
ひとりかくれんぼは、コックリさんと同系統の「一人/少人数で霊を呼ぶ遊び」の系譜にあります。
コックリさんが複数人で盤面を囲み、集団で応答を確かめる形式なのに対し、ひとりかくれんぼはたった一人で完結する点に新しさがあります。
この孤独性が、密室感と自己確認の不安を強めるのです。
誰かと笑い合いながら試す余地がないぶん、音や気配の解釈が内側へ閉じていきます。
この一人完結型という設計は、2000年代後半以降のネット環境と相性がよかったのも見逃せません。
実況、検証、報告という参加型の流れにそのまま乗せやすく、受け手が次の発信者になる。
そうして物語は増幅していきました。
英語圏へは2008年に One-Man Hide and Seek として越境し、VOCALOID楽曲や映像化を通じて再生産された流れも確認できます。
もっとも、この記事が扱っているのは儀式の効能ではありません。
霧島の関心は一貫して、なぜ人はこの遊びを信じ、語り、作り直し続けるのか、という文化現象の側にあります。
発祥の諸説①|西日本の地域伝承説
西日本の地域伝承説は、ひとりかくれんぼの最も古い起源をネット以前の遊び文化に求める立場で、関西地方や四国地方などでコックリさんとともに語られた遊びだったとみなす説です。
もしこの見立てが成り立つなら、2ちゃんねるは発祥地ではなく、眠っていた話が再び拾い上げられ、拡散された場だったことになります。
怪談の来歴をネットだけに閉じないための仮説ですが、同時に検証の難しさもはらんでいます。
関西・四国で語られた遊びだったという主張
この説の核にあるのは、ひとりかくれんぼが元来、関西地方や四国地方など西日本で口承されていた遊びだという主張です。
地域の子ども文化や怪談の断片として語り継がれていたなら、ネット上で見かけた時点ですでに「新しい創作」だったとは限らない。
むしろ、2ちゃんねるで広まったときには、既に別の土地で似た語りが存在していた可能性を考える必要が出てきます。
ここで重要なのは、発祥の場所を確定することより、ネット以前の生活文化に怪異の種が埋まっていたかどうかを見極める点にあります。
ただし、遊びとしての輪郭ははっきりしません。
聞き取りの現場でも、「一人でやる呼び出し遊び」の断片的な証言に当たることはあっても、ひとりかくれんぼと同一だと確証を得られた例は少ないのが実情です。
似た所作や言い回しがあっても、地域ごとに名称や作法がずれ、別物として記憶されていることがあるからです。
伝承説は、この曖昧さ込みで読まなければなりません。
コックリさんと併存していたとされる文脈
ひとりかくれんぼが語られるとき、しばしばコックリさんと並べて語られる点も見逃せません。
どちらも、子どもや若者のあいだで行われる呼び出し系の遊びとして扱われ、見えない相手との接触を遊戯化する構造を共有しています。
だからこそ、両者が同じ生活圏で並存していたという話は、それなりに自然に聞こえるのです。
恐れと遊びが紙一重になる場面は、民俗の中では珍しくありません。
この併存説が魅力的なのは、ひとりかくれんぼを単独の都市伝説ではなく、古い遊びの変形として位置づけられるからです。
昔から地元にあった、という語りは、後からネットの知識で上書きされて記憶が再構成される場面でも繰り返し見かけます。
実際、ひとつの遊びの記憶が、コックリさんや他の呼び出し遊びの記憶と混ざり合うことは珍しくないでしょう。
ここでは「似ている」こと自体が、起源の証明にはならない点が肝心です。
地域が特定できない不確かさ
もっとも、この地域伝承説には大きな留保がつきます。
語られていた地域については諸説あり、真偽の程は定かでないとされるからです。
具体的な土地名や時期、語り手を示す確かな記録が乏しく、伝承説は「そう言われている」の域を出ません。
西日本という広い括りは便利ですが、裏返せば検証の手がかりを薄めてもいます。
証言が地域ごとに断片化している以上、確定より保留が先に立つのは当然です。
地域伝承説がそれでも生き残るのは、怪談に「古さ」という権威を与えるからでもあります。
ネット創作よりも「昔から伝わる本物」であってほしいという受け手の願望が、検証されないまま説を補強している側面があるのです。
これは伝承の真偽とは別に、語りがどう受け入れられるかという社会心理の問題として見るべきでしょう。
結局のところ、ネット以前の起源を示す一次資料が見つかっていない以上、この説は有力な可能性の一つとして保留するのが妥当です。
発祥の諸説②|大学サークルによる流布実験説
ひとりかくれんぼの発祥をめぐる二つ目の説には、大学サークルが都市伝説の広まり方を観察するため、意図的に話を世に流したという筋立てがあります。
怪談そのものを作るというより、どんな経路で噂が増幅し、実況や検証の形をとって定着するのかを見ようとした、という説明です。
なるほどと受け取られやすいのは、語りが最初から「観察される前提」のような整い方をしているからでしょう。
とはいえ、裏づけはきわめて弱いままです。
『広まり方の研究』として流されたという説
この説では、ある大学のサークルが『都市伝説はどう広まるのか』を研究するために、ひとりかくれんぼを意図的に流布したとされます。
怖さそのものより、流布の仕組みを実験台として見たという発想が核になっており、いかにも「現代の怪談らしい」発生譚に聞こえます。
ひとひねりある起源譚は、単純な怪異談よりも説明力があるように見えるため、受け手の記憶に残りやすいのです。
なぜこの説に説得力を感じる人がいるのか
ひとりかくれんぼの拡散は、実況や検証という観察可能な形式をとって広がりました。
誰かが手順を整え、見せ方まで設計したように見えるので、流布実験説が後から呼び込まれやすいわけです。
都市伝説の収集現場でも、起源として『大学の研究だった』と説明される例は複数の怪談で繰り返し聞いてきました。
怪談を否定したい人ほど、実は仕掛けがあったという説明に安心しやすく、そこに合理的起源譚の定型が生まれます。
一次資料が乏しいという限界
ただし、この説を支える一次資料、当事者の証言、研究記録は確認できません。
どの大学の、いつの、誰のサークルなのかも示されないまま語られており、説自体が都市伝説についての都市伝説になっている可能性が高いです。
流布実験説は真偽の判定以前に、噂を冷静に分析したい受け手が飛びつきやすい合理化として見ておくのが妥当でしょう。
実在しない霊より、仕掛ける人間を想定したほうが落ち着く。
そこが、この説のいちばん人間的なところです。
発祥の諸説③|2ちゃんねる発のネット創作(釣り)説
2ちゃんねるのオカルト超常現象板に詳しいやり方が紹介され、ひとりかくれんぼが全国的に広まったのは2007年ごろだとされます。
発祥論の中でこの説が注目されるのは、投稿という一次的な痕跡をたどれる点にあります。
地域伝承のように口伝で輪郭がぼやけた話と違い、書き込みの連鎖を追えば、どの段階で語りが増幅したのかを検証しやすいからです。
ただし、記録を追うほど輪郭は単純ではなくなります。
オカルト板の検証実況スレへの初出を2007年4月18日とする検証がある一方、Wikipedia等には2006年とする記載もあり、起点の年すら一致しません。
ここに、この怪談が「昔からあった話」ではなく、ネット上で整理されながら広がった話だという性格がよく表れています。
2007年の2ちゃんねる初出と検証実況スレ
オカルト板由来の怪談を時系列で追っていると、「初出スレの特定」は後から驚くほど難しくなります。
書き込みがまとめ直され、引用が重なり、似た話が別スレで再生産されるからです。
ひとりかくれんぼもその典型で、検証実況スレに現れた投稿を軸に追うと、ひとつの手順がどの順番で共有され、どこで興味を集めたのかが見えてきます。
2007年4月18日という日付が重視されるのは、単なる年号ではなく、ネット上で実体を持ち始めた瞬間を示す手掛かりだからです。
この点で、2ちゃんねるの記録は伝承史の中でも扱いが異なります。
人づての「昔からある話」と違い、投稿時刻やスレの流れを手元に置いて検討できるため、創作か実話かの境目をたどる材料になります。
怪談の起点を考えるとき、こうした一次的な痕跡が残っているかどうかは決定的です。
だからこそ、検証実況スレという場が、ひとりかくれんぼの発祥論で特別な位置を占めるのです。
2006年説との年代の食い違い
もっとも、2007年4月18日という初出検証がある一方で、Wikipedia等には2006年とする記載もあります。
年が1年ずれるだけでも、話の成立過程はまったく違って見えます。
2006年起点なら、翌2007年の流行は既に別の広がり方をしていたことになるし、2007年起点なら、まさにその年に急速に共有されたネット怪談だと読めるからです。
当時のオカルト板の住人からは「2007年の時点ではこの降霊術はネットで検索しても出てこなかった」という趣旨の証言も残されています。
これは、地域伝承として広く知られていたというより、まず掲示板内で流通し、その後に外へにじみ出た可能性を強めます。
オカルト板住人としては、こうした「検索しても出てこない」という感覚こそが、話の新しさを測る重要な指標でした。
年代の食い違いは単なる表記差ではなく、怪談がどこから来たのかを判断する際の土台の不安定さを示しています。
『釣り(創作)だった』という見方と体験談の連鎖
ひとりかくれんぼの釣り説が面白いのは、最初の投稿が事実か創作か以上に、その後の参加者の振る舞いが物語を強くした点です。
読者が「やってみた」「検証してみた」と書き込み、成功談や失敗談を重ねるうちに、話は単なるネタではなく、試され続ける怪談へ変わっていきます。
発信源の真偽より、体験の連鎖そのものが実在感を生む。
そこにネット怪談の特徴がよく出ています。
複数の怪談を追う中で、釣りとして始まった話が、追検証の書き込みの厚みによって「本物として扱われる」段階へ移る瞬間を何度も見てきました。
ひとりかくれんぼも、その移行が早かった話のひとつです。
投稿者が意図したのが創作であっても、反応する側が細部を補い、再現し、語り継ぐことで、怪談はひとりでに形を整えてしまう。
ここでは、創作か実話かを決めること以上に、どういう連鎖が話を育てたのかを読むほうが重要になります。
やり方の概要と『終わらせ方』の重要性
ぬいぐるみ、米、自分の爪、赤い糸、刃物、塩水という組み合わせが定型化しているのは、この怪談が「ありそうな手触り」を細部で積み上げてきたからです。
身近な日用品に、身体の一部である爪を混ぜるだけで、儀式は一気に個人的で切実なものに変わります。
読者が再現可能に見えてしまうのは、その具体性が道具の説明に留まらず、物語の実在感を支える装置として働くからでしょう。
定型化した道具立て(ぬいぐるみ・塩水・刃物)
語られる定型では、ぬいぐるみに米と自分の爪を詰め、赤い糸で縫い合わせ、名前をつけて水を張った場所に置き、刃物で刺す流れが採られます。
ここで面白いのは、特別な祭具ではなく、台所や裁縫道具に近い品だけで構成されている点です。
塩水も同様で、日常の延長にある素材が、怪異の入口として読まれるよう設計されているのです。
複数の実況・検証テキストを読み比べると、道具や順序の細部は揺れても、この骨格は驚くほど崩れません。
塩や赤い糸といった要素が他の降霊系遊びにも横断的に現れることを収集の中で確認しており、定型化の背景には既存の呪術モチーフの流用があると見ています。
道具立ては単なる装飾ではなく、怪談を「知っている話」に見せるための共通語彙なのです。
2時間以内という時間制限と『終わらせ方』
この怪談で繰り返し強調されるのが、1〜2時間、おおむね2時間以内に終えるべきだという時間制限です。
長く引き延ばせば安全という発想ではなく、むしろ「決められた枠の中で完結させる」こと自体が儀式の条件になっています。
使ったぬいぐるみを最終的に燃やして処分するとされるのも同じで、始め方より終わり方に重心がある構造です。
終了の手順としては、口に含んだ塩水とコップに残した塩水をぬいぐるみにかけ、「私の勝ち」と3回宣言して締めくくる流れが共有されています。
進行中に口に塩水を含んで自分が鬼役となり、家の中を探索する設定も含め、塩が一貫して境界と浄化の象徴として機能しているのが分かります。
複数の版を比べるほど、儀式の核が「開始」ではなく「終了の作法」にあるという仮説が強まります。
実行を勧めない理由と安全上の注意
本記事は手順の正確な再現を目的とせず、実行も一切勧めません。
刃物や火を伴い、一人で深夜に長時間行う設定そのものに現実的な危険があるためです。
さらに、口に塩水を含みながら動き回る構図は、物理的な事故だけでなく、無理な再現欲求を煽りやすい点でも注意が要ります。
怪談として読むときは、手順を試すことではなく、なぜこの道具立てと終わらせ方が定型化したのかを見るのが筋です。
実行は勧めませんし、真似をしないでください。
読む側に必要なのは再現ではなく理解であり、その距離感を保ってこそ、この話は文化資料として見えてきます。
なぜ広まったのか|伝播の社会心理と海外展開
ひとりかくれんぼが広まった背景には、怖さそのものよりも「自分で試して語れる」構造がありました。
実況スレや検証してみたの形式は、読む側をそのまま参加者に変え、体験談が体験談を呼ぶ増幅装置として働いたのです。
さらに、終わらせ方まで含めて手順が定型化していたため、怪談でありながらゲームのように共有でき、同じ儀式として比較できる土台が整いました。
参加型フォーマットが拡散を加速した
実況系怪談をリアルタイムで追っていると、ひとりかくれんぼは当時の他の話題を一段抜けていました。
理由は単純で、怖い話を「読む」だけで終わらず、その場で再演し、結果を持ち寄り、次の語り手へ渡せたからです。
実況スレや検証してみたという形式では、受け手が一度だけの消費者ではなくなり、当事者として話の輪に加わります。
そこで起きるのは、単なる感想の拡散ではなく、再現の連鎖です。
体験が増えるたびに物語の細部が増え、失敗談や異変の報告が付け足され、話全体が雪だるま式に厚みを増していきました。
手順が見えやすいことも、広がりやすさを支えました。
終わらせ方が明示されていると、誰が実践しても「同じ儀式」を共有できるため、結果の比較がしやすくなります。
どこで止めたか、何が起きたか、うまく終えられたか。
こうした報告が並ぶだけで、怪談は受動的な読み物から、参加して確かめるコンテンツへと姿を変えるのです。
ここにこそ、口承怪談にはなかった新しい増幅の仕組みがありました。
英語圏への越境と『One-Man Hide and Seek』
ひとりかくれんぼの国際拡散で印象的なのは、翻案のされ方ではなく、手順ごと忠実に輸入された点です。
英語圏へは2008年9月16日のホラーブログを起点に『One-Man Hide and Seek』として伝わり、4chanやcreepypastaの定番として定着しました。
日本のネットロアが、名前だけを借りるのではなく、儀式の順序や語り口まで含めて移植されたのは珍しい例です。
海外のホラーコミュニティを追っていると、翻案ではなく「再演可能な型」として受け取られた作品ほど残りやすいとわかります。
ひとりかくれんぼは、参加のしやすさと物語化のしやすさを両立していたため、翻訳後も骨格が崩れませんでした。
『One-Man Hide and Seek』という名称が示す通り、遊びの輪郭が先に立ち、そこへ恐怖が流し込まれる構造だったわけです。
国境を越えても機能したのは、恐怖の内容よりも「自分も試せる」という形式の力でした。
信じたくなる心理と再生産の構造
この話が長く生き残ったのは、真偽を断定できないからではなく、むしろ断定できない曖昧さが人を引きつけたからです。
儀式のように手順が整っている怪談は、信じるか疑うかの二択に収まりません。
試してみたい気持ち、見届けたい気持ち、誰かの報告を待ちたい気持ちが重なり、話そのものが「参加したくなる対象」になります。
だからこそ、怖さは消費されるだけで終わらず、再生産の動機へ変わるのです。
その後、VOCALOID楽曲や実写・アニメ作品など二次創作・映像化が繰り返されたことで、原典の真偽とは無関係に世代を超えた再生産が起こりました。
ここで重要なのは、ひとりかくれんぼが単発の怪談ではなく、演じ直されるたびに別の表現媒体へ乗り移る構造を持っていたことです。
実際、実況系怪談の盛り上がりを見てきた立場からすると、参加すると当事者になれる設計は、当時の流行の中でも強い推進力を持っていました。
最終的に残る問いは、本当にあった話かどうかではなく、なぜ人はこの儀式の話を語り、演じ、作り直し続けるのか、という点に尽きるでしょう。
社会心理学の視点から都市伝説の伝播メカニズムやUMA目撃談の社会的背景を分析。年間100件以上の報告を収集・検証し、海外事例との比較調査にも取り組んでいます。
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