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ダイダラボッチとは|巨人伝承と正体の謎
ダイダラボッチは、日本各地に伝わる巨人で、山を盛り上げ、湖沼の窪地を残したと語られてきました。民俗学のフィールドワークで各地の「足跡」とされる湖や窪地を歩くと、同じ巨人像が土地ごとに少しずつ姿を変えていることがはっきり見えてきます。
釣瓶火とは|伝承と正体・釣瓶落としとの違い
釣瓶火は、木の枝から青白い火の玉が下がって見える怪火型の妖怪で、井戸の水桶が縄で上下する姿にたとえられた名を持ちます。夜の山道や静かな木立で枝先に光がぶら下がるように現れると語られ、まず「どんな妖怪か」を端的に示す存在です。
高女とは|伝承と正体を解説
高女は、鳥山石燕の画図百鬼夜行前篇陽(1776年刊)に描かれた、下半身が長く伸びた女の妖怪です。国立国会図書館デジタルコレクションで図版を開くと、隣の妖怪には言葉が添えられているのに高女の絵だけが沈黙して見え、その説明されなさ自体がこの妖怪の出発点だとわかります。
手長足長とは|伝承と正体を解説
手長足長は、手だけが異常に長い手長と、足だけが異常に長い足長という二者一組の巨人妖怪である。原型では、足長が立ったまま手長を背に乗せ、手長が長い腕を伸ばして海の魚を獲る協働の姿で語られ、地域によって夫婦・主従・兄弟と解釈が分かれてきた。
入内雀とは|実方の怨念が雀になった伝承と正体
入内雀は、宮中・清涼殿に毎朝1羽の雀が現れて台盤の飯を食い尽くすと語られた怪異で、京に帰れぬまま陸奥で客死した歌人・藤原実方の怨念が小鳥になったものとされます。別名は実方雀で、内裏に入る雀という名の由来が伝わります。
加牟波理入道とは|厠に現れる入道と唱え言の正体
加牟波理入道は、厠(便所)に現れる入道姿の妖怪で、鳥山石燕の妖怪画集今昔画図続百鬼(1779年)に図像と解説が残ることで広く知られる存在です。口からほととぎすを吐き出す異様な姿は強い印象を残しますが、まずは「トイレに出る妖怪」として押さえると、江戸の画図にまで遡る古い来歴が見えてきます。
青行燈とは|百物語に現れる妖怪の正体と伝承
青行燈は、江戸後期の絵師・鳥山石燕が今昔百鬼拾遺に描いた妖怪で、百物語の百話目前後に現れるとされます。石燕の図では、長い黒髪に角を持ち、黒く塗った歯と白い着物の鬼女が行燈の後ろに立っており、名と姿がぴたりと一致しない点がまず目を引きます。
雲外鏡とは|鏡の付喪神の正体と伝承
雲外鏡は、1784年(天明4年)刊の鳥山石燕百器徒然袋に登場する鏡の妖怪で、古い鏡が変化した付喪神として位置づけられます。妖怪図鑑では腹に鏡をつけた狸として見かけることもありますが、原典の石燕画に立ち返ると、まず押さえるべきなのは「鏡そのもの」が怪異として立ち上がっている点です。
白容裔(しろうねり)とは|古布巾の妖怪の正体と由来
白容裔は、古い布巾や雑巾が化けた付喪神で、読みはしろうねり、漢字は白容裔と白溶裔の2系統で表記されます。図像ではぼろ布が竜のように長くうねる姿で描かれ、鳥山石燕が天明4年(1784年)に刊行した百器徒然袋で初めて確かめられる存在です。
鉄鼠とは|頼豪の怨霊が鼠に化した伝承
鉄鼠とは、平安時代の園城寺(三井寺)の高僧・頼豪の怨霊が大鼠に化した日本の妖怪である。鳥山石燕が命名した「鉄鼠」という名だけを見ると鉄でできた鼠を想像しがちだが、本質は怪物譚ではなく、戒壇建立をめぐる怨念が生んだ怨霊譚にほかならない。
骨女とは|伝承と正体・牡丹灯籠との関係
骨女は、鳥山石燕の妖怪画集今昔画図続百鬼(1779年)に描かれた、骸骨姿の女の妖怪です。石燕の絵を初めて見たときは、なぜこの姿が「女」と呼ばれるのか不思議でしたが、その問いの答えは浅井了意の伽婢子に収められた怪談牡丹灯籠にあります。
目目連とは|障子に浮かぶ無数の目の正体
目目連(もくもくれん)は、荒れ果てた空き家の障子に無数の目が浮かび上がる妖怪で、漢字では目目連または目々連と書きます。江戸時代の浮世絵師・鳥山石燕が1781年に刊行した今昔百鬼拾遺に描いたもので、石燕の妖怪画の中でも印象の強い一枚です。