世界の怪物・妖精

スキンウォーカーとは|変身する呪術師の正体

更新: 比良坂 朔
世界の怪物・妖精

スキンウォーカーとは|変身する呪術師の正体

スキンウォーカーは、ナバホ族に伝わる変身する呪術師で、正式名称をイー・ナーズローシー(yee naaldlooshii)という。語義は「それを身につけ、四つ足で歩くもの」で、オオカミやコヨーテの姿を自ら選んでまとう、狼男とは異なる「堕ちた人間」の伝承だ。

スキンウォーカーは、ナバホ族に伝わる変身する呪術師で、正式名称をイー・ナーズローシー(yee naaldlooshii)という。
語義は「それを身につけ、四つ足で歩くもの」で、オオカミやコヨーテの姿を自ら選んでまとう、狼男とは異なる「堕ちた人間」の伝承だ。
その核心には、近親者の殺害を通って力を得るという、もっとも忌むべき入門儀式が置かれている。
病を癒すメディスンマンの鏡像として、ナバホの倫理を踏み越えた者だけが変身と憑依の力を手にするのである。
しかもナバホの間では、その名を口にすること自体がタブーとされ、不運を呼ぶと信じられてきた。
近年はTikTokや『ハリー・ポッター』を通じて広まり、文化盗用をめぐる論争も起きている。
ヨーロッパの妖精学からアジアの精霊信仰まで横断してきた比較文化の視点で見ると、満月に縛られず昼夜を問わず姿を変え、銀の弾丸ではなく真名の露見を弱点とする点まで含めて、スキンウォーカーは西洋の変身怪物とは別の論理で読んだほうがよい。

スキンウォーカーとは何か|『変身する呪術師』の正体

スキンウォーカーは、ナバホ語でイー・ナーズローシー(yee naaldlooshii)と呼ばれる「変身する呪術師」です。
語義は「それを身につけ、四つ足で歩くもの」で、ここにこの存在の核心がそのまま表れています。
比較文化研究では、海外の変身怪物を扱うときほど、まず呼び名の語義と分類に立ち返るのが基本ですが、スキンウォーカーもまさにその確認が誤解をほどく入口になるでしょう。

名前の意味|『四つ足で歩くもの』イー・ナーズローシー

イー・ナーズローシーという正式名称は、単なる別名ではありません。
動物の毛皮や姿を「身につけ」、四つ足で駆ける人間という像を呼び起こす言葉であり、そこから「変身する呪術師」という理解が生まれます。
ホラー作品では姿だけが先走りがちですが、元の語義を押さえると、恐怖の焦点が怪物の見た目ではなく、他者の身体や動物性を借りて侵入してくる不気味さにあるとわかります。

この語を「汎用のシェイプシフター」と同じように扱うと、ナバホの伝承が持つ輪郭はぼやけます。
海外の怪異を比較するとき、名前の意味を先に確認する習慣は実に役立ちますし、ここでも「四つ足で歩くもの」という具体像に戻ることで、ただ姿を変えるだけの存在ではないと見えてきます。
読者にとって重要なのは、スキンウォーカーが抽象的な変身能力の記号ではなく、言葉の段階で「誰が、どんなふうに堕ちたのか」を示す呼称だという点です。

どんな動物に化けるのか

スキンウォーカーが化ける先として語られるのは、オオカミ、コヨーテ、キツネ、クマ、フクロウ、カラスなどです。
基本は犬科とされますが、望むものに化けられるとも伝わり、変身の幅そのものが恐怖を生みます。
どの姿にもなれるということは、相手が見慣れた動物の顔をしていても安心できないということです。

ここで大切なのは、変身が「便利な能力」ではなく、境界を壊す技法として理解されている点でしょう。
人と獣、夜と昼、村の内側と外側、その境目をすり抜けるからこそ、目撃譚は不安を増幅させます。
ホラー作品でスキンウォーカーが雑に「シェイプシフター」と括られがちなのを何度も見てきましたが、実際には、自在さそのものが罪の深さを示す印になっています。

伝承で語られる姿位置づけ恐れられる理由
オオカミ基本とされる変身先集団で追う獣性が人間社会に重なるため
コヨーテ基本とされる変身先ずるさと不意打ちのイメージが強いため
キツネ変身先の一つ小さく身軽で、気づかれにくいから
クマ変身先の一つ力の大きさが暴力性を際立たせるため
フクロウ変身先の一つ夜の気配と結びつきやすいため
カラス変身先の一つ死や不吉さを連想させやすいため

メディスンマン(治療師)との対比|善と悪の鏡像

イー・ナーズローシーは、アンティーニ('ánti'įhnii=妖術師)と総称される存在の一種であり、その中でも代表的な変身型です。
つまり、スキンウォーカーは単独の怪物名ではなく、妖術師の一カテゴリに属します。
この整理が要るのは、伝承を「怪物の図鑑」にしてしまうと、本来の社会的・宗教的な位置づけが消えてしまうからです。

スキンウォーカーは、病を癒し人を導く善のメディスンマン(治療師)の正反対に置かれます。
どちらも同じ妖術の知識を持ちながら、その使い方が真逆で、片や共同体を支え、片やそれを壊す。
善と悪がまったく別の技術ではなく、同じ体系の表裏として描かれるところに、ナバホ文化の特異さがあります。
こうした対比を押さえると、スキンウォーカーは「強い怪物」ではなく、「自ら堕ちた人間が技術を悪へ振り向けた存在」として、はっきり像を結ぶはずです。

どうやってスキンウォーカーになるのか|妖術への入門

スキンウォーカーは、ナバホの伝承で「自ら堕ちた人間」として語られる存在です。
近親者の殺害という入門儀式を経て力を得るという筋立てが、その怪異を単なる変身譚ではなく、倫理の破壊と引き換えに成立する妖術として際立たせています。
古典文献や一次研究にあたる立場から見ると、ここで重要なのは恐怖の描写そのものより、どういう手順で「人間が怪物になる」のかという骨格でしょう。

近親者の殺害という入門条件

スキンウォーカーになるには、近親者、しばしば肉親の殺害という入門儀式が必要とされます。
最も忌むべき行為を自ら選ぶことで超自然的な力を得る、という構図は、力が贈与ではなく代償で成り立つことを示しています。
つまり、この伝承では怪異の源泉が外から降りかかるのではなく、共同体の絆を断ち切った行為そのものに置かれているのです。
この設定が重いのは、スキンウォーカーを「生まれつきの異形」にしないからです。
ナバホの倫理に背いて一線を越えた結果として妖術師になるため、恐れられるのは変身能力だけではありません。
家族を犠牲にして得た力は、最初から共同体の秩序を裏切るところに根を持つからです。

ナバホの妖術体系『ウィッチェリー・ウェイ』

1944年に人類学者クライド・クラックホーンは、ナバホの妖術をWitchery、Sorcery、Wizardry、Frenzyの四つに分類しました。
スキンウォーカーが属するとされたのはWitchery Wayで、死体の肉を用いて呪う系統として整理されています。
古典文献や一次研究に遡ると、この四分類は、伝承をばらばらの怪談ではなく、体系として読むための足場になっているとわかります。

区分日本語訳スキンウォーカーとの関係位置づけ
Witchery妖術属するとされた死体の肉を用いる呪法
Sorcery呪法非該当別系統の妖術
Wizardry魔術非該当別系統の妖術
Frenzy狂乱非該当別系統の妖術

もっとも、クラックホーンは1930年代後半から93人もの情報提供者に聞き取りを行いながらも、この四分類がナバホ自身の区分でなく観察者の区分かもしれないと認めていました。
海外の妖術伝承を扱うたびに、観察者の分類と当事者の世界観がずれる場面に出くわしますが、まさにそこを曖昧にしない姿勢が必要です。
分類は便利でも、現地の感覚をそのまま写した地図ではないからです。

生まれつきではなく『選んで堕ちる』存在

スキンウォーカーは、昼夜を問わず自らの意思で変身する邪悪な存在です。
オオカミやコヨーテ、キツネ、クマ、フクロウ、カラスなどに姿を変えるとされますが、その根底にあるのは「変身できること」より「そうなることを選んだ」という点にあります。
善のメディスンマンが病を癒す知識を用いるのに対し、スキンウォーカーは同じ知識を反転させた鏡像として恐れられるのです。

比較のために狼男を思い浮かべると違いは明快です。
狼男が満月や呪いによって不随意に変わる存在なら、スキンウォーカーは自発的に倫理を踏み越えた加害者です。
真名が露見すると人間の姿に戻る、白い灰を塗った武器で倒せる、メディスンマンの浄化で祓えるといった伝承もありますが、核心は弱点よりも成り立ちにあります。
選んで堕ちる。
そこに、この怪異のいちばん冷たい輪郭があります。

スキンウォーカーの能力|変身・憑依・コープスパウダー

スキンウォーカーの伝承では、変身は出発点にすぎません。
動物の姿をとるだけでなく、人や動物に憑依して操り、声をまね、超人的な速さで走るとされるからです。
獣の外形だけでは捉えきれないところに、この怪異の恐ろしさがあります。

動物への変身と憑依

スキンウォーカーは、狼やコヨーテのような動物へ姿を変える存在として語られますが、その核は「姿が変わること」だけではありません。
人や動物に憑依して動きを奪い、相手を内側から操るとされる点に、単なる獣化怪物とは異なる不気味さがあります。
外見の異変よりも、身体の支配そのものが恐怖の中心に置かれているのです。
変身は入口であり、憑依こそが狙いだと見たほうが、この伝承の輪郭ははっきりします。

声の模倣と読心

さらに伝承では、スキンウォーカーは声を模倣し、知人の呼び声に似せて人を誘い込むとされます。
怪異の記事が「変身できる」で止まりがちな現場を見てきましたが、そこで終わると伝承の本質を取りこぼします。
声真似は距離を縮める罠であり、読心は相手の考えを先回りするための手段です。
物理的な強さより、心理的な隙を突くところにナバホの妖術師像の特徴がある、と整理できます。
相手の判断そのものを狂わせるからこそ、逃げる前に捕まるわけです。

最も恐れられる呪具『コープスパウダー』

最も恐れられる呪具がコープスパウダー(死体の粉)です。
死者、とりわけ乳児の骨を砕いて作るとされ、その素材自体がタブーの極致にあります。
世界各地の「毒を使う魔女」伝承を比較してきた立場から見ると、ヨーロッパの魔女の毒薬や呪い人形と通じる発想がある一方で、ここでは穢れた素材そのものが力の源になる点が際立ちます。
入門儀式の近親者殺害と並べてみても、穢れの力をそのまま呪術へ転化する思想が前面に出ているのです。

顔に吹きかけられたり敷地に撒かれたりすると、舌が黒く腫れ、痙攣や麻痺を経て死に至ると伝わります。
ごく少量でも致命的とされるため、恐怖は「大量に受けるから危ない」のではなく、「微量でも逃れられない」という感覚で形づくられる。
症状が細かく語られるのは、呪いが抽象論ではなく、身体の変化として実感されるからでしょう。
コープスパウダーは、見えない呪いを具体的な痛みへ落とし込む伝承装置なのです。

弱点と対処法|伝承に伝わる身の守り方

スキンウォーカーの伝承では、倒し方よりも先に弱点を知ることが重視されます。
もっとも核心にあるのは、変身を支えている正体を暴く発想であり、真名を口にすることで人間の姿に戻されると語られてきました。
力の源が「隠された人間性」にある以上、それを言葉で突き止めた瞬間に効力が揺らぐ、という理屈です。
比較研究の中でも、『真名を知れば妖を制せる』という発想はヨーロッパや日本の伝承に繰り返し見られ、ここでも同じモチーフが生きています。

真の名を知るという最大の弱点

本当の人間としての名前を突き止めて口にすると、人間の姿に戻らされると伝わります。
変身とは、正体を覆い隠して恐れを集めるための仮面でもあるので、名を奪われることは、その仮面を剥がされることに等しいのです。
名は単なる記号ではなく、共同体の中でその存在を確定させるものだからこそ、真名を知る行為そのものが支配権の逆転として働くのでしょう。
怪異記事がこの話を実用的な攻略法のように書きたくなる場面を何度も見てきましたが、そこには慎重さが要ります。

白い灰を塗った武器

白い灰を塗った弾丸や武器で倒せるとする伝承もあります。
白い灰は清浄の象徴であり、穢れの力に対抗する手段として置かれている点が重要です。
ナバホの善悪・浄穢の世界観では、ただ強い武器を選ぶのではなく、何をもって不浄を退けるかが問われます。
つまりこの武器は、物理的な殺傷力よりも、秩序を回復する象徴性に意味があるのです。
ヨーロッパの伝承でも、銀や聖別された道具が怪異に効くとされることがありますが、ここでも「清められたものが穢れを制する」という発想が貫かれています。

メディスンマンによる浄化

実際の対処法としては、力あるメディスンマンを雇って家を浄化し、守護の儀式を行うとされます。
退治そのものより、祓いと守りに重点が置かれるのが、儀式文化を持つナバホらしい対処観です。
家という生活の場に入り込んだ脅威は、単に追い払うだけでは残り香のように居座ると考えられるため、空間全体を整え直す必要があるのでしょう。
スキンウォーカーをめぐる怖さは、獲物を探して外に出る怪物性だけでなく、暮らしの中心へ侵入してくる点にもあります。

ただし、これらはあくまで伝承の中で語られる対処法です。
実在を前提にした実用情報ではなく、文化史・民俗として読み解くべき内容だと押さえておく必要があります。
怪異を語る文章ほど断定が先走りやすいものですが、そこを一歩引いて眺めると、何を恐れ、何を清め、何を守ろうとしてきたのかが見えてきます。
そうして読むことで、スキンウォーカーの話はオカルトではなく、共同体の世界観を映す伝承として立ち上がってくるのです。

狼男との違い|西洋の変身怪物と比べる

狼男とスキンウォーカーは、どちらも人が獣へ変わる怪物譚ですが、物語の骨格はかなり違います。
ヨーロッパの狼男が「満月に縛られ、変身を奪われる存在」だとすれば、北米のスキンウォーカーは「自らの意思で変身を選ぶ存在」だと言えるでしょう。
だからこそ前者は悲劇性が強く、後者は加害性の輪郭がくっきりします。

自発的か、不随意か|変身のコントロール

狼男は満月の夜に不随意に変身し、獣の本能に押し流されます。
人間の理性はそこで途切れ、本人の意思とは別に暴走してしまう点が、ヨーロッパで語られる恐怖の核です。
これに対してスキンウォーカーは昼夜や場所を問わず、自らの意思で変身し、人間としての意図を保ったまま動くとされます。
変身のコントロールの有無が、両者を分ける第一の軸です。

この違いは、同じ「変身」でも文化が何を怖れているかを映します。
狼男の怖さは、理性を奪われることへの恐怖です。
スキンウォーカーの怖さは、理性を保ったまま邪悪を選ぶことにあります。
海外伝承の比較記事を書いていると、英語圏でも shapeshifter・werewolf・skinwalker がしばしば混同されますが、概念の階層を整理すると見え方が変わります。
shapeshifter は広い総称で、werewolf はその中の狼化譚、skinwalker はさらに別系統の北米先住民伝承に属する語です。

満月の縛りと弱点の違い

満月は狼男を縛る象徴であり、変身の周期を自然のリズムに結びつけます。
そこには、人間が月の支配から逃れられないという古い感覚が重なっています。
もっとも、スキンウォーカーにはそうした天体の拘束はありません。
昼夜や季節に縛られず、必要とあれば姿を変えられる点に、狼男とは逆の不気味さが宿ります。

弱点も対照的です。
狼男は銀の弾丸で倒されるのに対し、スキンウォーカーは人間としての真名が露見すると力を失うとされます。
物理的な弱点である銀と、社会的・呪術的な弱点である正体の露見。
この違いには、両文化の怪物観がよく表れています。
前者は肉体を破壊すれば終わる怪物であり、後者は共同体の中で名と役割を失うと崩れる怪物です。
人間起源かどうかの感覚もここに結びつきます。
狼男は呪いや不運で怪物にされる被害者の側面を持つのに対し、スキンウォーカーは人間が邪悪な選択をして力を得た加害者として語られるからです。

シェイプシフター・ウェンディゴとの関係

shapeshifter は、動物・物・人など何にでも化ける広い概念です。
ここでの要点は、スキンウォーカーがその全体の中の一類型にすぎないことです。
つまり、「変身する存在」というだけでは両者を同列には置けません。
werewolf は狼に限定された西洋の怪物であり、skinwalker は人間が動物に化ける特定型として理解すると混乱が減ります。

さらに、ウェンディゴとも混同されがちですが、起源も性質も別物です。
ウェンディゴは別の北米先住民伝承に属し、飢えや破壊の象徴として語られることが多いのに対し、スキンウォーカーは変身の技と意図的な加害性に焦点が当たります。
『ヨーロッパでは満月に縛られる狼男、北米では意思で変身するスキンウォーカー』という対比で見ると、同じ恐怖が文化ごとに異なる論理をまとうことがはっきりします。
比較するなら、この階層差を押さえておくのがおすすめです。

語ることのタブーと文化盗用|SNS時代の論争

ナバホ族の伝承では、スキンウォーカーの名を口にすること自体が不運を招き、呼び寄せる行為になると受け取られてきました。
だからこそ、部外者が興味本位で語ることは強いタブーとなり、伝承を軽々しく消費しない姿勢そのものが核にあります。
外から見れば単なる怪異談でも、内側では共同体の記憶と敬意の線引きがはっきりしているのです。

なぜ名を口にしてはいけないのか

このタブーは、怖がらせるための演出ではありません。
名を言うことが出来事を近づける、という感覚は、伝承を「話題」ではなく「関与」として扱う文化に根ざしています。
異文化の伝承を紹介する立場に立つと、説明するほどに相手を傷つけうるというジレンマが生まれます。
スキンウォーカーを扱うときに敬意のラインをどこに引くかは、まさにそこで問われるのです。

部外者に語らないという伝統も、この延長線上にあります。
知っていることを広めるより、むやみに触れないことが優先される場面があるからです。
ハリー・ポッターや怪談コンテンツの入口から関心を持った読者ほど、まず面白さに引かれがちですが、原典と当事者の声へ戻る手順を踏んでこそ、伝承の輪郭が見えてきます。

ハリー・ポッターとエイドリアン・キーンの批判

研究者エイドリアン・キーン博士は、J.K.ローリングが自身の作品にスキンウォーカーを取り込んだことを文化盗用として批判しました。
『私たちは魔法生物ではなく、いまも生きて精神的伝統を実践している現代の民族だ』という言葉は、物語の素材として切り出されたときに何が失われるかを端的に示しています。
怪異を借景にするだけでは、当事者にとっての歴史や痛みは見えなくなるでしょう。

ここで問題になるのは、創作そのものの是非というより、誰が語り、誰が消費するのかという構図です。
外側の視線はしばしば、神秘性や怖さだけを増幅させます。
だが実際には、文化盗用の批判は「使ってはいけない」という単純な線引きではなく、使うなら背景ごと引き受けよ、という要求に近い。
そこを外すと、怪異はただの記号になってしまいます。

SNSでの拡散と当事者の声

2021年にはTikTokで#skinwalkerが大流行し、ハッシュタグは8億回を超える再生を記録しました。
短尺動画の拡散力は、怖い話を一気に国際化しますが、同時に文脈を削ぎ落とします。
当事者でない人々が興味本位で投稿することが、ナバホコミュニティから無神経・無礼と受け止められているのは、そのためです。
拡散の速さが、敬意の速度を上回ってしまうのです。

現場で見ると、入口がフィクションでも、最後は原典に戻る読者ほど理解が深まります。
ハリー・ポッターで知った人も、TikTokで見かけた人も、そこで止まらずに当事者の問題意識へ目を向けてみてください。
『正しく知ること』と『軽々しく語らないこと』を両立させる姿勢こそ、現代の怪異受容に求められる態度です。
おすすめです。

現代における受容|スキンウォーカー牧場とポップカルチャー

スキンウォーカー牧場が現代のスキンウォーカー像を押し広げたのは、伝承が観光資源とミステリー産業に変わる典型例だからです。
ユタ州ユインタ盆地の約512エーカーに広がるこの土地は、ユート族が古くから「呪われた地」「スキンウォーカーの通り道」と呼んできた場所で、地名の由来そのものがナバホ伝承と結びついています。
そこへ1994年のシャーマン一家による購入と不審な家畜被害、1996年のロバート・ビゲローによる買収と24時間監視が重なり、伝承、怪異談、調査報道が一体化したのです。

スキンウォーカー牧場のミステリー

スキンウォーカー牧場の話が強い吸引力を持つのは、単なる「心霊スポット」ではなく、土地そのものが伝承の舞台として語られてきたからです。
ユタ州ユインタ盆地のこの牧場は約512エーカーあり、ユート族が「呪われた地」「スキンウォーカーの通り道」と伝えてきました。
比較文化の視点で見ると、海外の聖地や怪異の土地が語りの積み重ねによって観光化していく流れがあり、ここでもナバホ伝承の名が独自のミステリー産業を支える看板になっています。

1994年にシャーマン一家がこの牧場を購入すると、家畜が外科的な精度で切り裂かれる事件やUFO、発光体の目撃が報告され、土地の印象はさらに強まりました。
続く1996年には実業家ロバート・ビゲローが買収し、24時間体制の監視調査を行っています。
それでも決定的な物的証拠は得られなかったため、残ったのは「何かが起きているらしい」という余白でした。
怪異の語りは、証明よりも空白によって長生きするものです。

ホラー作品・ゲームでの描写

現代のスキンウォーカー像を広げたのは、牧場のミステリーだけではありません。
ドラマ『Supernatural』では変身する敵役として登場し、創作怪談ではクリーピーパスタを通じてじわじわ広まりました。
さらにゲームやYouTube怪談では、森や砂漠に潜む脅威として視覚化され、いつどこに現れてもおかしくない存在へと変換されています。
拡散の経路がはっきりしている点が重要で、テレビ、ネット怪談、実況文化が重なって、スキンウォーカーは現代ホラーの定番アイコンになったのです。

この変化は、原典の名を借りながら別の恐怖を作り出す過程でもあります。
海外の伝承を比較しながら追ってきた立場から見ると、メディアが求めるのは細かな信仰背景よりも、短い尺で伝わる「変身する怪物」「追ってくる存在」です。
だからこそ、スキンウォーカーは都市伝説のキャラクターとしても使いやすく、見知らぬ土地の暗闇を象徴する記号として消費されやすいのでしょう。

原典の伝承とフィクションの距離

ただし、ここで見えてくるのは原典との大きな距離です。
創作描写の多くは、ナバホの妖術師イー・ナーズローシーという固有の概念を、汎用的なシェイプシフターや狼男へと単純化しています。
原典では、変身そのものが派手な怪物性を競うための設定ではなく、共同体の規範や禁忌、内部からの逸脱をめぐる語りとして重い意味を持っていました。

原典の伝承とエンタメ作品を突き合わせると、分岐点ははっきりしています。
ドラマやゲームが前面に出すのは外見の恐ろしさですが、伝承が問うのは「何が共同体を壊すのか」という倫理の問題です。
そこを取り違えると、スキンウォーカーはただの便利な怪物に縮んでしまう。
フィクションとして楽しむことはできても、ナバホ伝承そのものとは別物だと理解しておくのが、いちばん誠実な受け止め方です。

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比良坂 朔

比較文化学を専攻し、世界各地の怪物・妖精伝承を横断的に研究。ヨーロッパの妖精学からアジアの精霊信仰まで幅広い知見で、日本の妖怪を世界の文脈に位置づけます。

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