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妖怪文化・民俗学

日本三大悪妖怪とは、酒呑童子・玉藻前・崇徳院をひとまとめに呼ぶ俗称で、鬼・九尾の狐・元天皇の大魔縁というように出自がまったく異なります。ゲームやアニメで名前だけ知っていた人ほど、元ネタをたどった先で「崇徳院だけ人間では?」と引っかかるはずで、その違和感こそがこの呼び名を面白くしています。

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日本三大妖怪とは、論者によって挙げる三体が異なる呼び名である。鬼・天狗・河童を数える説は、絵巻や物語で広く知られた妖怪の「種類」を代表させたものだが、酒呑童子・玉藻前・大嶽丸を挙げる説は、固有名を持つ大妖怪の「個体」を軸にしている。

妖怪図鑑

アマビエは、弘化3年(1846年)4月中旬に肥後国の海中へ現れたと伝わる半人半魚の妖怪である。コロナ禍に可愛いキャラクターとして広まった印象が強いが、本来は江戸後期の予言獣で、まずは「そもそも何者なのか」という素朴な疑問から入るのが筋だろう。

妖怪文化・民俗学

鬼は、酒呑童子のような人型の大鬼から、地獄の獄卒、嫉妬や恨みで鬼と化した女、仏教でいう餓鬼まで、実はひとくくりにできない多様な存在です。鬼という語も、もとは姿の見えないものを指す「隠(おん)」にさかのぼり、牛の角・虎の牙・虎皮の腰布というおなじみの姿は、仏教伝来や陰陽道の影響で後から固まったものにすぎません。

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海坊主、船幽霊、海難法師、磯女、磯撫では、江戸時代の怪談集や近代の民俗資料に記録されてきた海の怪異であり、海という場が恵みと死を同時に抱えることを映し出す存在である。

妖怪文化・民俗学

学校の怪談とは、トイレや音楽室、理科室、階段、鏡といった学校の場所に結びついた怪異を語り継ぐ、子どもたちの噂の集まりである。見た目は無数にあるようでも、実際には呼び出し儀式や動く像、数が変わる話、単純な目撃談という少数の型に収まり、年間100件以上の都市伝説報告を集めてきた経験から見ても、

妖怪文化・民俗学

タクシー怪談は、深夜に乗せた客が目的地に着くと消えているという形で全国に語られる都市伝説であり、昭和初期の青山墓地から深泥池まで、乗り物の変化に合わせて姿を変えてきた話である。夏の怪談特集や深夜のオカルト動画でこの話を初めて聞くと、これが誰が最初に言い出したのか知りたくなるのも自然でしょう。

妖怪文化・民俗学

日本三大怪談とは、四谷怪談牡丹灯籠皿屋敷を指す呼び名で、江戸期に成立し、歌舞伎・落語・浄瑠璃を通じて広まった三話です。四谷のお岩、皿屋敷のお菊、牡丹灯籠のお露はいずれも、信頼した相手に裏切られた薄幸の女性が怨念を残して怪となる筋を持ち、三話を貫く芯はここにあります。

妖怪文化・民俗学

雪女は、雪の降る夜に現れる日本の怪異であり、白装束に白い肌、長い黒髪という姿で語られてきました。現在いちばん広く知られるのは小泉八雲怪談(1904年)の再話ですが、それは雪女譚の一形態にすぎず、青森から大分まで残る伝承を見ていくと、土地ごとに名も性格も驚くほど違います。

妖怪文化・民俗学

耳なし芳一は、下関の阿弥陀寺に身を寄せる盲目の琵琶法師・芳一が、壇ノ浦で滅んだ平家の怨霊に毎夜呼び出され、最後に経文を書き忘れた両耳をちぎられる怪談である。だが、この話は耳を失う結末だけが有名で、なぜ耳だけが残ったのか、いつ誰が今の形にしたのかまでは意外と知られていません。

妖怪文化・民俗学

皿屋敷は、井戸のそばで女が一枚二枚と皿を数え、九枚目で泣き叫んで消える怪談の総称である。十枚揃いの家宝の皿のうち一枚が失われ、その罪を着せられた女中が責め殺されて井戸に投げ込まれる骨格を共有し、四谷怪談・牡丹灯籠と並ぶ日本三大怪談の一つにも数えられてきた。

妖怪文化・民俗学

累ヶ淵は、下総国羽生村の鬼怒川沿岸を舞台に、慶長17年頃から寛文12年まで約60年にわたって続いた殺害と怨念の連鎖を語る怪談である。地名としての累ヶ淵と、助から累、そして菊と祐天上人へとつながる物語としての累ヶ淵は重なりながら少しずつ意味が異なり、その二重性を押さえると全体像が見えやすくなる。