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世界の怪物・妖精

神社の龍彫刻を見上げた直後に、西洋ファンタジー映画のドラゴンを思い出すと、「なぜこちらは翼がなく、あちらは翼を広げて火を吐くのか」という疑問が自然に浮かびます。この記事は、そんな素朴な違和感を入口に、世界各地のドラゴン伝説がどこから生まれたのかを、

世界の怪物・妖精

チェンジリングとは、妖精やトロールにさらわれた人間の子の代わりに置かれる「取り替え子」を指すことが多く、文脈によっては奪われた側の子も含む語です。アイルランド、スコットランド、スカンディナヴィアでは伝承の内容や対応法に違いが見られ、育児不安・病・貧困といった社会的背景が伝承に反映されています。

世界の怪物・妖精

ゴーレムは、泥の巨人や石のモンスターとしてひとまとめに語られがちですが、実際には「未完成なもの」を指す聖書・タルムードの語義、プラハの守護者として育った近世の民間伝承、そして映画やゲームが広げた現代創作の像が折り重なった存在です。

世界の怪物・妖精

同じ「怪物」と訳されることがあっても、日本の妖怪と西洋のモンスターは同じ箱に入る存在ではありません。平安時代(794-1185年)以来の怪異観や、アニミズムと結びついた生活世界の異変としての妖怪に対し、西洋のモンスターは神話・悪魔学・怪物譚の系譜から、種族や脅威として輪郭づけられてきました。

世界の怪物・妖精

スノッリのエッダのエルフに触れた直後、指輪物語を並べて読むと、自然や豊穣に近い半神的存在と、高貴で長命な種族としてのエルフのあいだに、思った以上の落差が立ち上がります。エルフとドワーフを「ファンタジーの定番種族」として知っている読者ほど、このずれは見過ごせません。

妖怪文化・民俗学

日本が「妖怪大国」と見えるのは、古くから自然の異変や境界の不安を怪異として受けとめ、それを絵にし、本に載せ、学問で整理し、さらにマンガや観光へつなげてきた連鎖が切れずに続いたからです。

妖怪文化・民俗学

水木しげるの仕事をたどると、妖怪は単なる怖い怪異ではなく、古い絵や民俗資料に根ざした「見える文化」へと姿を変えていったことがわかります。初期貸本版墓場の鬼太郎と1968年のテレビアニメ第1シリーズを並べてみると、怪奇色の濃い不穏さが、子どもも受け止められるヒーロー性へと調整されており、

妖怪文化・民俗学

--- 国立国会図書館デジタルコレクション(NDLイメージバンク: https://dl.ndl.go.jp/)で百鬼夜行絵巻と鳥山石燕の図版を並べて見ると、妖怪が「ぞろぞろ歩く群れ」から「名前を持った一体」へ切り出されていく変化が、目で追うだけでつかめます。

妖怪文化・民俗学

遠野物語は河童やザシキワラシが並ぶ怪談集として読まれがちですが、1910年6月14日に350部の自費出版で刊行された119話のテキストをたどると、日本民俗学がどこから立ち上がったのかが見えてきます。

妖怪文化・民俗学

夕暮れの四つ辻で灯がひとつ消える瞬間には、道が急に他所へつながったような心細さがあります。村外れの橋に小さな供物が置かれ、川辺にきゅうりが流される風景を思い浮かべると、妖怪が「ただの怖いもの」ではなく、境界に生まれる不安と祈りのかたちだったことが見えてきます。

妖怪文化・民俗学

付喪神は、古い道具が百年で化ける妖怪という一言では収まりません。この記事では、付喪神絵巻を軸に、語の成立、1485年の実隆公記が示す伝本の古さ、16世紀作例や1666年書写本という物証、さらに現代ポップカルチャーでの再解釈までを一つの流れとしてたどります。

妖怪文化・民俗学

行灯の灯る座敷で順に語られた百物語、歌舞伎の舞台で視覚化された怨霊、茶の間のテレビが運んだ心霊特番、暗転したライブ会場で息をのむ口演、そして深夜の掲示板へと流れ込む実話怪談。怪談の歴史は、怖い話そのものよりも「どこで、どう語られたか」を追うと一本の線で見えてきます。